Oculus Goのことを人類はもっと真剣に考えるべきかもしれない :情熱のミーム 清水亮

これは事件だ。 Oculus Goを買う友達が増えてきたので、「誰かいるかなー」と思って朝っぱらからOculus Goをかぶる。 すると、ハコスコの藤井先生がOculus Roomを遊んでいたので誘ってみた。 数分後、おれは藤井先生の部屋にいた。 「おはようございます」 「おはよう」 「なんか自然ですね」 「うん、ほんとに隣りにいるみたい」 「これって何ができるの?」 「いろいろできますよ。たとえば」 「こうやって、一緒に写真見たりとか」 「音楽も聴けるのか」 「体験を共有するってこんな感じですよね」 「だよね。いま実際に体験を共有しているわけだしね」 「あっちのテーブルに移動しましょう」 「移動は固定でしかできないの?」 「そうです。でも、そこがいいんですよ。どうせ移動できると酔いますから人は」 「確かに」 「こんな感じで簡単なゲームもできますよ」 「へえ」 「この、席が固定ってのがミソな気がするんですよね。どうしても、特に初心者は、こういう仮想空間つくって自由に歩き回れるようにすると、意味なくいろんなものにぶつかったりしますからね」 「その辺のミゾにハマって動けなくなったりね」 「そういうのが一切排除されているから、会話に集中できる」 そう、その意味ではVRChatやAltspaceVRのような既存のチャットソフトは、せっかく仮想空間なのに、よくわからないやつが入ってきてそのへんをウロウロ歩いたり荒らしたりする可能性がある。 Oculus Roomの場合、基本的にFacebookの友達しか入ってこないので安心だ。 椅子があって、一緒に映画を見たり、音楽を楽しんだりすることができる。 「これは気楽だね。実際にでかけて会うよりも遥かに気楽」 「そうなんですよね。これで酒飲めますね」 「もっとピュアなキャバクラができるかもね。本当に会話を楽しむだけの」 「確かに。というかこれやりながら酒飲めますね。Oculus Goは下に微妙に隙間あるんで」 「一時間1000円とかで酒は持ち込みのキャバクラやろう」 「それ、相手が女性である必要ないですよね」 「そうだね。酒のんで誰かと話したいだけだからね。寂しいときとか」 「これはもう誰もOculusに勝てなくなっちゃうんじゃないの。圧倒的じゃん」 そうなのだ。 Oculus Roomの持つ破壊力の圧倒さといったらマジでヤバイのだ。 まず、簡単。そして、酔わない。なにより、圧倒的に安い。2万3000円でこの体験ができるなら、買わない手はないのである。 「個人的には、初代プレイステーション以来の衝撃ですね。初代iPhoneくらいかもしれない。みんなOculus Goを過小評価してる気がしますね」 こんなに楽しいんだからみんなやるよろし。 これはVR業界の人だけでなく、あらゆる業界の人が体験したほうがいい。 人と人とのコミュニケーションが根本的に変わる可能性がある。 その意味ではスマートフォンの普及(2009年)どころか、携帯電話の普及(1995年)に匹敵するくらいの変化がここからはじまるかもしれない。 おそらく近い将来、VRとAIは高度な融合を遂げる。そのときに何が起きるだろうか。 久しぶりにワクワクが止まらない。
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